なりそこない

正常にも異常にも、幸せにも不幸せにもなりそこなった存在

縛る紅、ゆらり

 生まれて初めて、縄をうけた。ふらりと立ち寄った展覧会で緊縛ショーが行われており、ショーが終わった後に体験させてもらった。初心者の体験ということでごく緩い縛り方をしてもらったようだが、それでも身体の自由は全く効かない。

とてもどきどきした。

 展覧会は半宴会場のようで、客と出展者が入り乱れて談笑していた。漂う紫煙、転がる酒瓶、鞭の音。時折、主宰のお姉さんの下着が覗く。頁の向こうにある憧れでしかなかったアングラな世界が、そこには広がっていた。

 それから私は部屋の片隅に座って、会場をぼんやりと眺めつづけていた。コミュニケーション能力はない。酒も飲めない。絵も描けなければ話題に関する知識もない。完全にアウェーである。そのうちに頭が痛くなってきた。煙草の煙が原因だろうか。私の身の回りに煙草を吸う人間は一人もいない。煙草は嫌いではないつもりだったが、間違いなく圧倒的に慣れていない。

 惨めだった。たぶん私はいいとこのお嬢さんなのだ(ただの庶民ではあるけれどね)。アングラな世界にはお呼びでないのだろう。私には、頁の向こう側から焦がれ続けるだけの存在で精一杯。滞在が長くなるほどに居心地の悪さが肥大して、それでも居座り続ける自分への嫌悪で泣きたいような気分になって、私はそんな私を本当にバカだと思った。

 それでも……それでも縛られる感覚は、頁越しではわからなかった。ゆらめく紫煙が空に描く文様の優美も、バラ鞭の扱い方も。勝手に自分を遠ざけている限り、決して知ることはできない。うっとりと、たくたくと心臓が踊る瞬間を知ることはできなかった。

 途中、縄師兼ラーメン屋店長さんが会場にいらっしゃった。完全アドリブの緊縛ショーまで見せてもらった。今度ラーメンを食べに行こうと思う。客を縛ってくれるらしい。