なりそこない

正常にも異常にも、幸せにも不幸せにもなりそこなった存在

わたし、あの娘、彼等、あなた。

「同性愛は生物学的に間違っている」

 

といった言論を振りかざすやつは大嫌いである。同性愛者に対して全く歩み寄る気がない言論であることは言うまでもない。それだけでなく生物学、また生命に対して、その深遠を重機でザクザク埋め立てるような発言だと思うのだ。NO MORE 精神的自然破壊。一体生物学の何がわかるというのか。高校生物がちょっと得意な素人にだって、そんな言説こそ全くもって非科学的だということは明白なのだ。

 ところで性指向は不思議だ。とても興味深い。何がそんなに興味深いかというと「身体」と相反する「精神」が支配しているかにみえて、生命の本質と直結する領域だからである。「精神」はぷちぷちした灰色の細胞塊たる脳を土台としている以上、生物としての制御を受けるのは当然だということになる。しかし現代の科学技術をもってしても個々人の「精神」を完全に解き明かすことはできないし、たぶんこれからもできない。性は科学の究極目標であって、同時に科学の立ち入りを許さない領域でもあるのだ。

 それでもどうやら性指向を決める遺伝子というものが存在するらしいと分かっている。部分的に脳を雄化⇔雌化する酵素(を支配する遺伝子)に変異が生じると、変異個体(性的少数派個体)になったりする。要するに、脳内の「恋する」部分だけが脳の別の部位や身体の性(たとえば雄)と逆転した(たとえば雌になっている)とき、雄であるその個体は別の雄に求愛するゲイ個体になる。そのような遺伝子としてサトリ遺伝子というものが見つかっているらしい。ショウジョウバエの話だ。

 このモデルだけでは性的少数者の抱える問題を何も説明できたことにはならないかもしれない。だが、同性愛個体は変異体の一種であったとしても生物学に反する存在ではない、と述べる根拠にはなるのではないか。そこ(変異体)への否定を拡大すれば進化のメカニズムまで否定できる……か?

 ちなみに自然界には同性愛個体や同性愛行動を行う個体が野生型の種もいるそうな。どういう仕組みで生殖を行うのか気になるところである。

 ここでは「sex」について考えたので「gender」についての議論はまた別である。そもそもこれは昨日今日読みかじったことをふわふわーっとまとめただけなので議論でさえない。ちなみに私の性指向は(自分の中では)不明ということになっている。性指向の問題に関心はあるが、当事者の意識は全くないので悪しからず。